5.2 液体水素輸送タンカーの開発
ニューサンシャイン計画の検討の中で、21世紀のエネルギーの一つとして水素エネルギーの利用が考えられており、その利用形態の一つに液体水素(LH2)がある。
この液体水素の利用に係わる全ての要素に専門的な技術検討を加え、判断のベースを作るためWE-NET研究が進められている。
WE-NETサブタスク5.2液体水素輸送タンカーの開発部会では、液体水素を生産地から消費地まで大量に、効率良く、しかも安全に輸送するための液体水素タンカーの開発に取り組んでいる。過去5年間に実施した研究は以下の通りである。
- 平成5年度
・液体水素の物性値(性質)や、種々材料のデータ調査
・LNG船、陸上水素タンク等の現状技術調査
・液体水素輸送タンカーの技術的課題の検討
- 平成6年度
・試設計を行なう上での要求仕様の検討
・船体、タンク、タンク支持、タンク断熱、ドームなどの要素技術の検討
・20万m3液体水素タンカーの試設計
- 平成7年度
・断熱構造の要求性能と候補断熱の検討
・各断熱構造の検討
- 平成8年度
・各断熱構造に関する技術的課題の具体的検討
・技術的課題を解決するために必要な実験の提案
- 平成9年度
・各断熱システムにおける断熱要素試験の試験体設計
・試験体の設計による断熱構造システムの課題、解決法の検討
・第 II 期で必要な実験項目の検討
5.2.1 研究開発目標
大量の液体水素の長距離輸送に適したタンカーを建造するために必要な技術開発項目および開発目標を明確にすることを第T期の目的とした。
本年度の研究の目的は、今までに得られた研究成果を基に
- ポリウレタンフォーム(PUF)の断熱要素試験を行い、PUFの液体水素温度下の熱伝導率を測定する。
- 今後の試験体設計にフィードバックするため、断熱要素試験で得られた知見をまとめる。
- 真空パネルおよびスーパーインシュレーション(SI)の断熱要素試験試験体の詳細設計を行う。
5.2.2 平成10年度の研究開発成果
5.2.2.1PUFパネル断熱要素試験
- 概 要
昨年度の研究から側部からの侵入熱による測定誤差を許容値内に抑えるためには、直径(2D)と厚さ(d)のアスペクト比(2D/d)が6以上必要との結果が得られた。
これより最終的に直径1180mm、厚さ200mmのPUFパネルを製作した。
また、熱変形によりPUF低温面と液体水素測定タンクとの間に隙間が生じることを防ぐため、PUF常温側は厚さ5mmの銅板を接着剤で固定し、低温面側には外周部の変形を考慮し、外周に1.5/150のテーパーを設けた。
- 測定データ
PUFの低温面に9カ所、常温面に9カ所、側面に2カ所、計20カ所に熱電対を取り付け温度を測定した。また、試験装置内の真空度、液体水素測定タンクからの蒸発ガス量、試験体と装置間の密着力についてもデータを採取した。
- 結 果
定常状態での測定値は次の通りである。
PUF低温面温度 : 60K
PUF常温側温度 : 271K
装置内真空度 : 6×10-6Torr
液体水素測定タンクからの蒸発ガス流量:10NL/min
以上から熱伝導率λ=0.012W/mK
- まとめ
- 今回得られた熱伝導率0.012W/mKは、昨年度までの検討で使用していた熱伝導率0.023W/mKの約50%にあたる。断熱材の厚さを現状設計値よりさらに薄くできる可能性が得られた。
- 真空ポンプ(ロータリーポンプ+ターボポンプ)の能力だけで、10-4Torrレベルの真空度を達成できる可能性が得られた。また、液体水素タンクのクライオポンプ効果も確認することができた。
- 当初の目標は20K〜270KでのPUFの熱伝導率を測定することであったが、今回得られた結果は60K〜271KでのPUFの熱伝導率である。
一方、実際の液体水素タンクでもPUFがタンク表面に密着することはなく、実機のPUFに近い状態の熱伝導率が得られたことになる。
5.2.2.2 試験体の設計検討
(1)真空パネル
真空パネルは、目地あり・なしの2タイプを提案している。
本年度は小型真空パネルによる予備実験を実施し、来年度以降に計画されている断熱要素試験用の試験体へのフィードバックと仕様の設定について研究を実施した。
なお、小型真空パネルの仕様は、次の通りである。
直径280mm、厚さ50mm、外装材は厚さ0.3mmのSUS304。
内部コア材はセラミック/シリカビーズ/ポリウレタンフォーム
- 熱伝導率の経年変化試験
熱伝導率の経年変化による推移を測定した。203日経過後の熱伝導率を比較したところ、セラミックの熱伝導率が多少上昇していたが、他の試験体については、ほとんど変動が見られなかった。
また、熱伝導率だけを比較するとポリウレタンフォームが一番性能が良い結果が得られた。
- サーマルショック試験
液体窒素(LH2)による急冷を行い、真空パネルに有害な変形や損傷が発生しないかを試験した。試験の結果、いずれの試験体においても有害な変形や損傷は発生していないことを確認した。
- 冷却時変形量測定試験
液体窒素による冷却を行い、真空パネルに発生する変形量(反り量)を測定した。試験の結果、シリカビーズが最も少ない変形量となった。また、試験結果から、大型真空パネルの変形量の推定を行った。
- 真空引き時間の測定報告
真空引きの時間の計測を行い、その結果を用いて大型真空パネルの真空引き時間の推定を行った。
- 本試験用真空パネルの仕様
大型真空パネルの試験体仕様を次の通りとした。
・直径1200mm、厚さ200mm
・外装材: SUS304(上下面材0.5mm、側面0.3mm)
・コア材:ポリウレタンフォーム(ゲッター材込み)
(2)スーパーインシュレーション(SI)
- 試験体概要
SIの断熱性能は、その施工状態に大きく左右されることが知られている。特に
・断熱層の真空度
・輻射シールドの層密度
・輻射シールド同士の継ぎ目
について、断熱要素試験によるデータ収集が必要である。今年度はこれらを確認するための試験方法を含めた試験体の設計を実施した。
- 真空度の影響評価
真空度の影響を確認する必要があることから、次の3つのケースの実現性について検討を行った。
・真空引き途中段階での断熱性能測定
・Heガスを試験装置内に注入して真空度を変える方法
・試験体をパネルで囲い、パネル内の真空度を変える方法
検討の結果、いずれの方法についても測定精度などに問題があることが分かった。
今後さらに別の方法も含めて検討を行う必要がある。
5.2.2.3 液体水素タンク用材料
LNG船の設計に用いられているIGCコードの成り立ちを調査し、それに基づいた液体水素タンクに求められるタンク材の特性、今後必要な材料データについてタンカー部会としての見解をまとめた。
(1)液化ガス船の規則
現在、液化ガス船の積載貨物や貯蔵方法に応じて保有すべき設備・機能・強度に関する要件として国際規則であるIGCコードがある。本章では、この中で規定される独立タンク方式およびメンブレンタンク方式の基本コンセプトについて整理した。
- 独立タンクタイプA
- 独立タンクタイプB
- 独立タンクタイプC
また、本研究のベースとなる独立タンクタイプBの設計思想である「Leak Detection Before Failure」について、まとめた。
(2)液体水素タンカーに求められる材料特性と所要データ
LNGタンカーで求められる材料特性について整理した。
特に、独立タンクタイプBを設計するためには、破壊機構解析に伴う疲労亀裂発生、亀裂伝播、脆性破壊の検討を行う必要があり、母材および溶接継手の以下データが必要である。
- 疲労亀裂発生寿命の推定 母材および溶接継手のS-N線図
- 疲労亀裂伝播寿命の推定 母材および溶接継手の疲労亀裂伝播特性
液体水素タンカーでは液体水素温度下(水素中を含む)の上記データが必要になるとともに、以下のデータも必要である。
- 水素脆化感受性
- 低温脆化特性
- 材料特性
(3)タンク材料としてのアルミ合金鋼およびステンレス鋼の検討
液体水素タンカーのタンク材料としては、アルミ合金およびステンレス鋼の両者を候補として研究を進めることとする。第 II 期以降もサブタスク6と協力して検討を行う必要がある。
(4)まとめ
- 液体水素輸送タンカーの材料に要求される基本要件および設計手法はLNGタンカーに適用される「Leak Detection Before Failure」の設計思想に基づき進めることとする。。
- そのためには、液体水素に係わる種々材料データを収集する必要がある。。
- 液体水素タンカーのタンクに求められる材料特性は当面、LNGタンカーでの要求特性と同程度に設定する。20Kにおける強度や低温脆性等が110Kのそれらに対して著しく低下する場合は材料の改良、設計条件の変更の両面で検討を行うことにする。。
- 液体水素タンカーのタンク材料としては、アルミ合金およびステンレス鋼を対象とする。どちらを採用するかは、材料データ等が十分に評価された段階で決定する。。
5.2.3 今後の進め方および課題
本年度設計をした試験体の中から1体〜2体を作製して、断熱性能試験を実施する。